「保育園 療育 勧められた」
そんな言葉で検索したことがある方へ。この記事は、数年前に同じ検索をしていた私が書いています。
三男が5歳のとき、保育園の面談で、先生からこう言われました。
「療育を受けてみてはいかがですか?」
私は、まったく受け入れていませんでした。「うちの子は問題ない」——そう思っていました。
この記事では、そのときの話をします。
兄たちも、言葉は遅かった
長男も次男も、3歳児検診で言葉の遅れを指摘されたことがあります。
でも、5歳になる頃にはすっかり普通に話せるようになっていました。そのまま小学校に上がり、支援級とは無縁でした。
だから私は、「言葉の遅れなんて、そのうち追いつく」と思っていました。三男もきっと同じだろう、と。
療育という言葉すら、知りませんでした。
家では、普通に会話できているつもりだった
不思議なのですが、家では困ったことはありませんでした。
長男や次男と、三男は普通にやり取りできている——少なくとも、私にはそう見えていました。
でも保育園では、様子が違ったようです。同世代の子と、うまく会話できていない。保育園からクリニックへの紹介状には、こう書かれていました。
「1〜2語文しか話せません」
それを見たとき、正直、腹が立ちました。「そんなことないのに!」と思いました。旦那さんにそのことを伝えると、「1〜2語文しか話せないなんて、ひどいよね。家では普通に喋ってよね」と二人で保育園の先生に対して文句を言っていました。
でも、保育園では実際にそうだったのです。
「療育を受けてみては?」——寝耳に水だった

保育園の先生は、面談でこう続けました。
自分の借りたい本を、自分で選べない。友達とケンカした理由を、先生に伝えられない。
私は答えました。
「息子は全く問題ないと思っているんですが」
本音を言うと、「先生がうるさく言うから、とりあえず問い合わせて、聞いたふうにしておこう」——そのくらいの気持ちでした。受け入れる気は、ほとんどなかったのです。
断られて、ほっとした
保育園の子も何人か通っているという、発達外来のある小児科に電話をしました。発達を診てくれる先生がいると聞いたからです。
答えは、「今は定員がいっぱいで、受け入れられません」でした。
正直、ほっとしました。
これで保育園の先生に、「連絡はしました。でも、いっぱいで入れませんでした」と言える。そう思っている自分がいました。
先生にそう報告すると、少し残念そうな顔をされました。
フェードアウトしたかったのに、先生が聞いてくれた

「2ヶ月後に、また新規を受け付けます」
そう言われていたのですが、私はそのまま忘れたふりをするつもりでした。連絡しないまま、うやむやにできたら——そう思っていたのです。
でも、2ヶ月ほどたった頃、保育園の先生から聞かれました。
「クリニックには、連絡しましたか?」
しつこく聞かれて、仕方なく、もう一度電話をしました。
今思えば、あのとき息子を療育につないでくれたのは、私の決意ではありません。保育園の先生の、粘り強さでした。
正直あの時は、保育園の先生のことを疎ましく思っていましたが、今となってはとても感謝しています。
「きちんと見ましょう」
初めての診察は、小児科全般を診るドクターでした。
私は伝えました。
「保育園の先生にこう言われたんですが、うちの子はそのうち話せるようになると思っているんです」
ドクターは、こう答えました。
「保育園の先生は、いろんなお子さんを見ていて経験豊富です。その先生が違和感を感じたのなら、何かあるのかもしれません。きちんと見ましょう」
否定されたわけではないのに、静かに背中を押された気がしました。次回は、言語聴覚士の先生のセッションを予約することになりました。
今思えば、兄たちが「拾ってくれていた」だけだった
後日、発達を専門に診る先生から、こう説明を受けました。
発達外来の先生長男くん・次男くんが、会話を拾ってくれていただけかもしれません。キャッチボールができていたわけではないのではないですか?
思い当たることがありました。三男と兄たちがゲームの話をしているとき、三男は自分の話したいことを、一方的に喋っていることがよくありました。兄が三男の名前を呼びかけても、返事をしないことも。
家族という、優しい”通訳”に囲まれていたから、家では困らなかったのです。同世代の子と関わる場面——公園で遊ぶような機会が、ほとんどなかったことにも、今なら気づきます。
あの頃、三男は「諦めて」いたのかもしれない
もうひとつ、後になって知ったことがあります。
三男は、保育園に行きたがっていませんでした。当時の私は、よくある登園渋りだと思っていました。
発達を専門に診る先生は、こう言いました。



保育園へ行くのは嫌がっているけれど、三男くんはもう、諦めて受け入れるしかないと思っていたのではないでしょうか
言葉で「嫌だ」と十分に伝えられない子は、抗議することもできない。ただ、諦めて通う。
そう考えると、「そりゃ保育園、行きたがらないわな」と、今なら思います。




あの頃の私へ
子どもが発達障害だと言われて、すんなり受け入れられる親は、いないと思います。
最初はきっと、「そんなはずはない」と思う。私もそうでした。
診断を聞いたとき、この先どうなるんだろうと、目の前が真っ暗になりました。息子と一緒に、この先どう生きていけばいいのか分からなくなるくらい、絶望しました。
もし今、同じように絶望や不安を感じている方がいたら、伝えたいことがあります。
そう思うことは、全然悪くありません。自分を責めないでください。
発達障害のことを正しく知っていけば、この子に何が必要か、どうすればこの子が生きやすい環境を整えてあげられるか、少しずつ分かってきます。
私自身、息子のことを学び、知り、よく観察していくうちに、以前のような絶望はなくなっていきました。
「うちの子は問題ない」と思っていたあの頃の私に、今なら言えます。
保育園の先生の言葉を、聞いておいてよかった。
子どものために、事実を受け入れる勇気を持ってください。
療育の仕方次第で、この子は、素晴らしい人生を送れます。
『きっと、この子の未来は明るい』今はそう確信しています。
親子で一歩ずつ、進んでいきましょう。







