「新版K式発達検査」という言葉で検索して、ここにたどり着いた方へ。
これから検査を受ける方も、結果を待っている方も、もしかしたら、もう結果を聞いた後の方もいるかもしれません。
先に断っておくと、私は検査そのものに立ち会っていないので、当日どんなふうに検査が進むのか、実況することはできません。この記事でお話しできるのは、検査を待つ1週間、私がどれだけ数字に振り回されていたか、ということです。同じように数字に一喜一憂している方の、少しでも支えになればうれしいです。
新版K式発達検査は、0歳から成人まで受けられる発達検査で、子どもの発達の様子を「姿勢・運動」「認知・適応」「言語・社会」の3つの領域から確認します。結果はDQ(発達指数)という数字で示され、療育や支援を考えるうえでの参考資料として使われます。
3月の診断とは、別のもの
三男は、小学校入学の少し前の2025年3月、自閉スペクトラム症と診断されています。これは放課後等デイサービスを利用するための診察で、短時間で今の様子を確認していただいたものでした。
今回お話しする新版K式発達検査は、それとは別に、もっと詳しく発達の状態を数値で把握するための検査です。3月の診断から1ヶ月ほど経った、小学1年生になって間もない2025年4月21日のことでした。
検査当日、私は待合室にいました

検査は、平日の午前中でした。かかりつけの発達外来で、心理士の先生と三男が二人で検査室に入り、私は待合室で待つだけでした。
検査時間はおよそ40分ほど。積み木を使う課題、数字を覚えて答える課題、図形や絵を見て答える課題など、いくつかのジャンルの課題があったと、後日先生から聞きました。私自身はその場を見ていないので、三男がどんな顔で取り組んでいたのか、想像することしかできません。
検査を待つ間、正直、何をどう調べればいいのかも分からず、YouTubeで「K式発達検査」を検索してみましたが、具体的に何をするのかは結局よく分かりませんでした。分からないまま、検査室のドアが開くのを待っていました。
結果を待つ1週間、ノイローゼになりそうだった
結果を聞けるのは、検査から1週間後でした。
正直に書きます。この1週間、私はノイローゼになりそうなくらい、Googleで検索を繰り返しては、落ち込んでいました。まだ結果も出ていないのに、結果が悪かったらどうしよう、と心配ばかりしていました。
当時はまだ支援級への転籍前で、三男は普通級の生徒でした。支援級には、先生との交換日記のような連絡ノートがあります。三男の場合、普通級だったので連絡ノートはなく、学校でどんな様子なのか、私には分かりませんでした。三男に「学校どうだった?」と聞いても、返ってくるのは「どうだったかな〜」というあいまいな答えばかり。校門で先生と少し立ち話をしたり、周りのママ友から話を聞いたりして、断片的に様子を想像するしかありませんでした。
食欲はあまりありませんでした。夜は眠れていたのがせめてもの救いでした。
この時期、藁にもすがる思いで、家で「100並べ」を始めたり、「これは何?」と語彙を確認する質問を繰り返したりしていました。今思えば、それは検査の数字を少しでも上げたい、という焦りからだったと思います。療育で本当に大切にされているのは数字ではなく生きる力だと、頭では分かっていたはずなのに、当時の私はやっぱり、数字にとらわれていました。
専門知識もないまま、「もしかしたら重度の発達障害なのでは」——そんな最悪のケースばかりを勝手に想像して、怖くて仕方がありませんでした。
結果は、DQ76でした

結果を聞きに行った日、三男は学校に行っていて、私一人で先生の話を聞きました。
結果は、DQ76。
「もっと悪いのでは」と思っていたので、正直、少しほっとしました。
領域別に見ると、体を動かす力はかなり得意な方で、考える力もそれなりに備わっている一方、言葉や社会性に関する部分は、実際の年齢よりも幼い結果でした。同じ「考える力」の中でも、得意な課題と苦手な課題の差が大きく、報告書には「力のアンバランスさが見られる」と書かれていました。
先生からは、この数値であれば、今療育手帳を申請しても、おそらく発行は難しいだろうと言われました。
うれしかったです。ただ、療育手帳の判定基準は地域によっても変わりますし、この検査の数値だけで決まるわけでもなく、知能検査や日常生活の様子なども合わせて総合的に判断されるようです。知り合いのお子さんは同じくらいの数値でも手帳を持っていると聞いたことがあります。うちはちょうど、ボーダーラインだったのだと思います。
正直に書くと、私たち夫婦は、療育手帳をもらいたいとは思っていません。できれば手帳がなくても、DQが80から100くらいになってくれたら、と思っています。——これ自体が、私がまだ数字にこだわってしまっている証拠だと分かってはいるのですが。
もちろん、手帳をもらうこと自体は、まったく悪いことではないと思っています。動物園や美術館の割引など、活用できるものがあるなら、活用するのはいいことです。手帳を取得する・目指すご家庭の判断は、それぞれのご家庭にとって正しい選択です。うちはただ、自立できることの方を望んでいる、というだけの話です。
数字を知ったことが、役に立った場面
数字そのものより役に立ったのは、先生からの具体的なアドバイスでした。
「なんで?」「どうする?」というような漠然とした質問より、「Aする?それともBする?」のように選択肢を示す質問の方が、三男には答えやすい、というアドバイスです。
思い返せば、以前ランドセルの色が選べなかったときも、選択肢が多すぎたのかもしれません。色鉛筆やおやつなど、選択肢がたくさんある場面では、今でも選ぶのに時間がかかります。でも最近は、「赤と青、どっちの絵の具使う?」のような2択なら、だいぶすんなり選べるようになってきました。

数字よりも、こうした関わり方のヒントの方が、日々の生活には確かに役立っています。
障害受容にはとても時間がかかる

家族が子どもの障害を受け止めていく過程には、ショック、否認、混乱や怒り、適応、そして再統合という段階があると言われています。ただ、これは順番に一つずつクリアしていくようなものではなく、時間の中で行きつ戻りつしながら進んでいくものなのだそうです。
障害受容は、一度「受け入れたら終わり」というものではありません。
心理学には「螺旋形モデル」という考え方があるそうです。1995年に、立正大学の中田洋二郎先生が提唱されたもので、保護者の気持ちは螺旋を描くように何度も揺れ動くとされています。
診断時、入園・入学、進級、進路選択など人生の節目で、不安や悲しみが再び湧き上がることがあります。しかし、それは後戻りではなく、新しい経験を積み重ねながら少しずつ前に進んでいる過程だと考えられています。
私も、診断を受けたときは大きなショックを受けました。その後、療育を始めて前向きになれたと思った矢先、小学校入学や支援級への転籍を考えたときに、また不安でいっぱいになりました。
でも今振り返ると、そのたびに子どものことをより深く理解し、新しい支援者と出会い、親として少しずつ成長していたように思います。まさに「同じ場所をぐるぐる回っているようで、実は一段ずつ上に進んでいる」という螺旋形モデルそのものでした。
あの頃の私へ
本当なら、「そんな数字にこだわらなくても大丈夫だよ」と言ってあげたいところです。
でも、正直に書きます。今でも、私は数字にこだわってしまっています。
自閉症の当事者の方で、立派に仕事をして、自立して生活されている方の発信を見ることがあります。数字がどうだったかではなく、今その人がどう生きているか。そんなふうになってほしいと思う一方で、心のどこかで「自閉症でない、普通の子として育ってほしかった」という気持ちも、まだ捨てきれずにいます。
もちろん、自閉症であることに価値がないと言いたいわけではありません。三男自身を否定しているわけでもありません。それでも、揺れる気持ちがある、というだけの話です。
きれいに乗り越えました、とは言えません。今も揺れています。
それでも、あの頃の私に伝えられることがあるとしたら——数字は、目安にはなるけれど、目標ではない、ということです。DQ76という数字を聞いた日から1年以上経った今も、三男は少しずつ、できることを増やしています。数字が教えてくれなかったことを、日々の生活が教えてくれています。
今、検査を待っている方、結果に落ち込んでいる方。数字に振り回される気持ちは、痛いほど分かります。それでも、大丈夫です。数字の外側にある、お子さんの毎日を、一緒に見ていきましょう。